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Short Stories 2023 淡水の城下町

 ほとんど話したこともない二十も年が離れた桂敬三というトラック運転手の故郷に来ていた。大学時代に私が友人と酒場で飲んでいたとき――確か我々はわりと込み入った話をしていたはずだ、その時敬三は隣の席で仲間と飲んでおり、何かの拍子に少し喋ることになったのだった。男が盗み聞きをしていて口を挟んできたのかもしれないし、便所で隣だったか、喫煙所で一緒になって挨拶を交わしたのかもしれない。正確にどのように口を利いたかを私は覚えていない。酔っ払っていたからだ――そもそもその日私達が酒場に持ち込んでいた込み入った話だってどのような内容だったのかすっかり思い出せないのだ。私の他に居たのは山本という男と桂ミカという女のひとりずつで、三人それぞれが将来と人間関係にそれなりの悩みを抱えていた。

 大学の卒業を控えた正月明けの時期で、当時我々は一九七〇年代の終わりはこのような雰囲気であったに違いないと信じていた――当時私らがのめり込んでいた音楽は六〇年代のものだった。その時代を彩ったスターたちは七〇年代後半から八〇年にかけて口裏を合わせたように世界から去っていき、音楽は変わっていった。私たちは自らの青春を輝かしいロックの時代に重ね合わせていたのである。一〇〇年近く昔に作られたそれらの音楽の時代を私らはもちろん実際に経験していたわけではない。レコードと見づらいVHSの映像のなかに生き続けているビートルズやレッド・ツェッペリンだけが私らの想像力の源だったのだ。

 あの日酒場にいたミカという女は私の非公式の恋人であったが、その帰りに交通事故で亡くなってしまった。ミカが死んだのは酒場のある大学の最寄りから二駅先、ミカのアパートのある田舎駅から畑の間を走る寂しくも広い道を五〇〇メートル歩いたところであった。彼女は長距離トラックに撥ねられて死んだ。

 その日、ミカは私が去年のクリスマスにプレゼントした緑のレーンコート風ロングコートを着ていた。そこには小さな思い出がある。二人、ソファーに沈み込んでビートルズのルーフトップコンサートのビデオを見ていたとき、ミカはリンゴ・スターが着ているジャケットがほしいと言ったのである。それは赤かったが、ミカには緑の方が似合うという話を私はした。ビニールのジャケットなんてものを見たことはなかったが、私はどうにかクリスマスまでに、似たような材質のロングコートを見つけることに成功した。彼女は相当に気に入って毎日のように着たが、誰にもらったものであるかは私らだけの秘密であった。甘酸っぱい思い出である。

 ミカが死んで以来私はビートルズもレッド・ツェッペリンも聴かなくなってしまった。彼女をレノンやボーナムに重ねたりもしなかった。そして、当時ミカが抱えていた将来や人間関係――特に二股の恋愛関係などへのあらゆる不安、悩みも跡形もなく消え去った。残ったのは彼女が私の部屋に忘れていったKENTのメンソールだけだった。ミカが死んだことを知って、二日酔いのまま家に帰った私は、六本だけ残ったそれを続けざまに吸い、空箱をチリかごへ放り込んだ。それで終わりだ。私と山本もあの日、当時抱えていた悩みの数々を、実際に足を運んだわけではない事故現場へ置いて前へ進むことにしたのだ。それからミカのことを思い出すことは驚くほど少なかった。

 私は彼女の葬式へ呼ばれなかったので、その日、ポケットから出てきた桂敬三の名刺の裏に書かれていた体育館へ卓球を打ちに行った。あの晩、酒場で男は賑やかに私に話しかけ、私は全てに愛想よく首を縦に振ったのを覚えている。ご機嫌に酔っていたせいである。その時に一緒に卓球を打ちに行く約束もしていたのだ。私は半分意識がないような状態で男に、卓球をする際の連絡先と時間と場所を書き留めるように言ったのを覚えていた。私はどうしてそんなにもご機嫌であったのだろうか。思い出そうとしても、ミカがあの後に死んでしまうとは思っていなかったため、つまらないいつもの会話として一つとして記憶にとどめていなかった。

 ミカが焼かれていた時間も、私は敬三という見知らぬ男と無口に卓球を打っていた。何を考えていただろうか。台を離れている間は敬三も無口ということはなく、むしろ口数が多い方だったかもしれない。ただ、数日前から仕事で群馬訪れているが、故郷は西日本の古い町で、トラックの運転手であるということぐらいしか自分のことを話さなかった。私は敬三の打ち込んでくるバックスピンの切れたサービスを幾度となくネットに引っ掛けながら、贖罪という名の言い訳に嫌な汗を流し続けていた。何ゲームかやった後、私は敬三に電話番号を渡したが、その後連絡はなかった。群馬の人間が西日本に行く機会がなければ、西日本の人間がわざわざ群馬へ来ることもないというだけのことだ。

 山本が葬式の日に何をしていたのかは知らない。私らが再会したのは、数ヶ月後の五月だった。三人でよく行っていたフランチャイズの居酒屋で、ささやかなお別れ会を開催したのだ。私らは確かにミカのことを可哀想だとは思っていたが、死んでしまったことに関しては開き直っていた。外野から見れば私らが酔っ払っていたせいで、桂ミカが死んだとも言えるかもしれないが、当事者からすれば本当にどうしようもないことであった。彼女がトラックに轢かれたのは、歩道もきちんとついている田舎の立派な幹線道路だったのだ。彼女のことだから歩道と車道を隔てる高さ一〇センチばかりの縁石を平均台のようにして、両手を広げてふらふら歩いていたところをバランス崩して車道側へ倒れ、轢かれたのではないだろうか。何も知らないやつら、特にミカと公式に付き合っていた男などは特に、私らが最後まで一緒にいなかったために彼女が死んだのだと決めつけて、責め立てた。しかし、彼はただ最後に一緒にいた私らが憎かっただけに違いない。ミカが人を自分の家へ呼ぶことがなかったことも、飲み会のあとに誰かの家へ行くのも好まないことを彼だって知っていたはずだ。彼女が行くとすれば私か、公式の恋人の家であった。さらに、その日は私らの方がミカより随分酔っていた――まともに歩けないほどで、彼女の訃報を受けたときまだ二日酔いで駅前の公園で眠っていたくらいだっだ。ミカが私らの介抱をして終電を逃していたら死ななかっただろうが、そんなことをしてくれるような人間でもなかったのだ。

 お別れ会で再会した私と山本はお互い高崎で会社員になっていた。髪を短くした山本を見た時、レッド・ツェペリンもビートルズも、ちょっとした若者時代の憧れに過ぎなかったという悲しき事実に私は行き当たった。同時に、特別な友情が存在していたわけでなかったということも認めざるを得なかった。同じ時、同じ場所で大学時代を過ごしただけに過ぎず、その友人が山本やミカでである必然性などなかったのである。そう、その場所で私はミカすらも特別でなかったと思うようになったのである。おそらく山本も今後わざわざ私に会いに行く必要はないと思ったはずである。実際、そのような内容を私らは顔を合わせて話した。特に、未練というものが起こらなかった。ミカが居れば我々は今も仲がよかっただろうか?と山本は問うた。無駄な仮定であった。ミカは引っ越したり、入院しているわけではない。死んだのだ。それから私らは、適当な近況話をした末に、会社を中心とした地方都市の惰性の人間関係のなかへとそれぞれ帰っていった。

 三四歳になる年の正月明けに、見知らぬ電話番号から着信が入った。市外局番を調べると西日本の誰も足を向けないような土地の番号であった。それがあの敬三であったのだ。彼は私を町に来るようにと誘った。友人も連れてくると良い、と彼が言うので、私は十数年ぶりに山本に電話をやった。それからのことはあまり多く覚えていない、私は電車に乗って西へ向かい、島へ渡った。山本はまだ来ておらず、敬三と街の体育館で卓球を打つことになった。それはおかしな街であった。そもそも、この地方に来たことが生まれてこの方なかった、ここの出身者といえばそれこそ敬三とミカくらいのものだった。それは城下町であった、敬三が昔、自分の故郷が古い街であることを話していたのを私は思い出していた。

 草臥れた市営バスに乗って私は敬三と体育館へ向かった。赤ともオレンジとも見える色のバスであった。駅舎は市中から遠かったので、私は遠くから近づいてくる街並みを窓から見ていた、敬三と何を話すべきかがわからなかったからだ、やがてシートに深く座り、目を瞑った。敬三に起こされた時、既に目の前に体育館があった。街をほとんど見ないまま来てしまったことに少しの後ろめたさを感じながら階段を上がった。

 卓球場は別館の二階にあり、昼なのに薄暗い室内を青緑色の水銀燈が照らしていた。暗幕は、どこか一箇所だけ閉め忘れた窓があるような揺れ方をしていた。敬三は道中ほとんど何も話さなかったし、入っても何も言わなかった。私はどうしてこの街に呼ばれてきたのかをなぜだか疑問しなかった、いつしか誰しもがこの街へ来るような気のするような匂いがしていたからだ。ポケットに市民体育館の入場券を突っ込み、私はジャージを脱いだ。そして、シューズを履き、ラケットを取り出し、準備運動をした。敬三は水筒を持ってどこかへ行ってしまった。やがて、濡れた顔でストレッチをしながら戻ってきて、台についた。私自身少年時代にはよく市民体育館で卓球をしたが、そこで相手になってくれた見知らぬ大人たちも、やはりこのような顔をしていた。そこにあるのは卓球という競技を行っているという事実だけなのだ。友情や、絆、野心であったり、そのようなヨコシマなものは存在していない、もはや勝ち負けへの感情すら欠如しているように見える、足のストレッチをすると何度かピンポン球を台とラケットの間で突いて、ラリーを始める。対する私自身もそのような、冷たい顔をしていたのではないだろうか。敬三の動きは一つも鈍くなっていなかった。

 耳を澄ませてラバーと球のたてる接触音から次の動きを決める、このスポーツには仲間と思い出を作る暇など一切存在していないのである。敬三の頭にある黒いバンド、緑のユニフォーム、何もかもが、卓球らしかった。平日の昼の体育館である、私と敬三の他に誰もいない。飲水を挟みながら、私が三セット連敗して一ゲーム目は終わった。

 一応場所取りのため、台の上にラケットを置いて、我々は首にタオルをかけ、卓球場を後にした。体育館の緑のリノリウムの廊下の隅にジムがあり、そこで若い男がひとりウェイトをあげていた。喫煙所は卓球場と同じ二階の、ベランダの隅に設けられていた。室外機を置く以外に用はないような場所なので人に迷惑がかからないのだろう。敬三のセブンスターを私は一本もらった。久しぶりにかいた汗のはりついた肌に、枯れ葉を巻き上げるような冷たい風が当たった、熱った体は快感を覚えた。ベランダから見下ろせるのは、街の裏通りだった。体育館のすぐ裏に小さな線路が走っていた、その向こうには他所の家の勝手口が並んでいた。線路の上にも、民家の裏庭にも、うっすらと水が張っていた。それはちょうど、用水路の行き止まりのような、浅く、澄んだ水面だった。その十センチほどの透明の水から枕木や犬走や、洗濯物干竿だか、そういうものが顔を出してあるのだ。「俺にも娘がいたんだよ」と敬三は話し始めた。遠くから汽笛が聞こえた。この街は海に近いのだろうか?

 私は初めて会った日の敬三の印象を思い返そうとしていた。十年以上も前に、酔っ払って初めてこの中年の男、いや今は初老のどこにでもいそうな男に初めて会った日、あまり良い印象を持っていなかっただろう。この男は酔っ払って私に対してやけに干渉的であった。あの次の日に卓球を打ったのは別に敬三に好意を持っていたからでなく、翌日の呆然とした感覚に、酒の席での約束くらいがちょうどよかったからにすぎない。はるばる列車で遠い街に来たのも、別に好意があったからではない。単に張り合いがない生活から比べて、マシな選択肢に見えただけである。あの日の喫煙所でも敬三は饒舌だっただろうか、ここでも彼は饒舌になった。

 その子が産まれた日、私はほとんど顔も覚えていないような、母親が子供を抱いているのを病院へ見に行った、と彼は話を始めた。一度か二度しか会ったことのないような女が赤ん坊を抱き――彼女は私に、育てる気はない、と言ってきたんだ。私は当時十九歳で、母親であるこの女と結婚するつもりがなければ、父親になってやろうという気持ちもなかった。家族なんてものいらないと思っていたんだ。一度か二度しか会ったことのないような女と家族になりたいとは尚更思わないだろう。それに産まれた赤ん坊はとても醜かったんだ。骨のように白くて細かった、肉付きが良くて白いのは結構だが、骨のように細いとなると途端に気色が悪くなるだろう。それにその娘に目が無いのは医者に聞かなくても、一眼でわかったよ。目があるところはくぼんでいるだけで、何もないんだ。恐ろしいものができてしまった、と私は思ったよ。その女とも子供ともあの日以来一度も会わなかった。母になるべきだった女だって別に綺麗じゃなかったんだ、私だって見ての通りだ。子供は本当に醜かった。そう言って男はセブンスターの火を灰皿に押し付けた。彼は淡々と、何も感じていないように話すくせに、その間くすりとも笑わなかった。それで、私はこの男が本当のことを言っているんだろうと直感した。赤ん坊を心から醜いと思ったのも、認知しなかったのも、母親と二度と会わなかったのも、全て本当のことなのだろう。そして、この男はその本心、本能的感情に逆らえなかったことに関して、多少の罪悪感を感じているのだ。感情は動物的であったが、学校で学んだ道徳というものには引っかかっていたわけである。世の中の人間は道徳を刷り込まれているだけで、それを抜きにすれば虫を見たら反射的に叩いて殺して遊ぶ犬や猫と全く同類なのだ。そんなことを考えながら私は次のゲームを打っていた。今の時代で人殺しをやるのは権力者と気狂いとされている人間、と相場が決まっているが、もし学校がなければ今も皆が気に入らない人を殺して生きていただろう。権力者は人を殺す、学校よりも偉いからだ。それくらいのことなのではないか、と私は思った。

 二ゲーム目の最初のセットは私がとることになった。自分のサービスの時にポイントを一つも落とさなかったのだから勝って当然である。しかし、その後三セット連続でとられて負けることになった。私の脳裏には誰にも育てられず死んでいった白い赤ん坊の印象がこびりついていた、それは光の当たらない洞窟に住む不気味な魚のように、空気をうまく吸えないで死んでいた。息をできずに死ぬというのはどのような生き物の最も見すぼらしい死に方ではないだろうか、できればそのように死んでほしくないものである。私はせっかく第一セットをとったのに負けてしまったことを少し残念に思っていたものの、喫煙所に行くのが楽しみで仕方なかった。

 喫煙所で私は敬三に尋ねた。その後、その赤ん坊はどうなったのか?と。すると敬三は言った。私も女も結局その子供を認知することはなかったよ。彼はセブンスターに火をつけた。喫煙所の手すり越しに見下ろした浸水した線路の上を、ゆっくりと列車が走っていった。遠くから汽笛が聞こえたが、列車が鳴らすものとは違うように思えた。列車は二両編成で、見たところ乗客は一人か二人しかいなかった。その向こうの住宅の物干し竿の洗濯物が片付けられていたが、住民の影は見えなかった。列車がゆっくり過ぎていったのち、冷たい風が北西から吹いた。その風は遠くからさざ波の音を運びながら近づき、眼下の水の溜まりにも波模様を見せてくれた。妙に静かなこの町を私は黙って見下ろしていた。カラスの群れが音を立てていた。敬三はもう卓球はいいだろうと言った。私はうなずいた。彼も私があまり集中してやっていないことに気が付いていた。

「君、私の娘に会ってみたくはないか?」と敬三は笑いながら言った。

「てっきり赤ん坊は死んだか、生きていてもあなたと今関わりがないと思っていました」すると敬三は携帯電話を片手に説明を始めた。

 生きているよ。この地方、つまり島の四県では捨て子を行政が保護している。他の土地でも犬や猫の保健所があるだろう。あれと同じだな。目的は反対だがな。彼らは金をつぎ込んででも人口を増やしたいし、税金を払っている我々もその辺に対して文句はないんだ。敬三はそう言って口を閉じた。そして黙って煙草を吸った。私は街を見下ろしていた。遠くの城山の天守閣が夕日の逆光になっている。

「それで、会いたいという気にはならないかね」

「では会いましょう」

 私たちはまず卓球場に戻り、ラケットの手入れをし、ジャージに着替えなおした。私はそれからシューズなどの片付けをしていたが、その間敬三は乱雑に荷物をカバンに放り込んで、プロテインを飲みながらストレッチをやっていた。上着は着ないのか?と尋ねると彼は首を振った。今度は荷物を持って喫煙所へ戻ってきた。敬三はまた私にセブンスターを勧めたが、さっき吸ったばかりであったので断った。敬三は携帯電話を耳に押し付けて、落ち着かないように、喫煙所の手すりを爪で叩いていた。

「おい、ミカや。ワシじゃ。今市民体育館におっての、暇じゃったら飯でも食いに来んか?」

 それから一言二言敬三は話し、結局げらげら笑って電話を切った。私は遠くでカラスの群れがもう一つ飛んでいるのを見ていた。その群れは城山の上でもとからあった群れと合流した。私は敬三から煙草をもらった。

「どうして捨てた娘と親しげにやっているんですか?」

「赤ん坊を捨てたのは私の人生の汚点だが、赤ん坊が汚点であるわけではない。彼女は私のような人に育てられていないから、今もこうやって私に優しくしてくれる」

「大人になってから再会したんですか?」

「そうだ。十年以上も前だろうか。事故で入院をしていた時、ミカは私を尋ねて来たのだ。仕事もできないような状態で、貯金を切り崩しながら私は回復を待っていた。見ての通り、私には身寄りもいない。治るまでは入院でもしていないと何もできない。だが、ミカは私の面倒を見ると言って退院させてくれた。それから治るまではしばらく私の家であの子も寝起きしていた。彼女の熱心な介護のお陰で私は今も現役で仕事をしているし、破産もしていない」

「それから一緒に住むようになったのですか?」

「いいや、今更家族になろうだなんてそんな図々しいことは言えなかった。彼女がそれを望んでいたかもしれないが、私には勇気がなかった。今はそれぞれ別で過ごしている。だが、週に一回ぐらいは外で飯に連れて行ってやったりするし、うちに来て食事を作ってくれたりもする。親子とは言えないが、親戚と言えばこんなものかもしれないな」

「都合のいい話に聞こえます」

「子供を捨てた人間はどんな功徳を積んだとて都合いい話ができるようにはならないよ」

 敬三はウォータークーラーへ水を汲みに行った。私は暮れていく不気味な街を見下ろしていた。体育館から見下ろせる街の路地の数々に私は見入っていた。浅く水に浸された路面だ。流れていなかった、これらは全て静止している――波を立てるといえば風が吹いたときだけである。そんな街は強い西日に照らされ光の網のように見えた。

 空気が冷たくなって来たため、私は体育館の中へ戻ろうとした――が、廊下の奥に黒く背の高い人影が見えたため、立ち止まった。その女はぴったりとした暗い緑色のドレスを着ており、同じ色のつばの広い帽子を被っていた。片手に杖を持ち、おそらく敬三と話していた。帽子の下の顔も黒いベールに隠されていた。その背の高い女の立ち姿に既視感を覚えたのは、モネの描いた妻カミーユの肖像にどこか似ていたからであろう。モネは妻カミーユを幾度となく描き、三十二歳の若さで亡くなったその死の床の様子まで油彩にした。私の中でカミーユは美しく、死の象徴であるようなもので、彼女の立ち姿にも同じものを見たのである。水銀灯に照らされたリノリウムの廊下を、ミカは杖を突きながらゆっくりと私の方へ歩いてきた。やがて夕日が彼女を照らしたが、ベールの下にある顔は明らかにならなかった。ただ、濃い緑のビロードのロングドレスの端にまんべんなく光が塗られた。

 私はガラスの扉を開けてやった。喫煙所の方へ出てくる彼女の耳に私は注目していた。彼女がイヤホンを耳に挿していたからである。「敬三さんは煙草をもう一本吸うと言っているので、ここで持ちましょう。あなたが欲しがるだろうと言っていましたので、私のをあげます」そう言って彼女はイヤホンを外し、丁寧にまとめて、カバンの中へ片付け、そこからKENTのメンソールの箱を出した。そして私に一本差し出した。私は喜んで受け取った。私はその白い手を見た。杖を握っているもう一方の手も見た。その甲に浮いた青い血管の作る凹凸を目でなぞり、玉虫色で丁寧に塗られた爪を見た。手首のしわを数えた。そして、ロングドレスの下にある白くやせた足を見た。それは裸足で、十センチほどだけ濡れて、くるぶしの皮膚は白くひび割れていた。足の爪も玉虫色に塗られており、濡れていた。

「敬三さんからあなたが盲目であることを聞きました」

「ええ。私は盲目です」そう言って彼女は帽子をとり、目を隠している黒いベールを持ち上げた。その下には目がなかった。

「気味が悪いと言って怖がる人がいます。だから私はこうやって隠して生活しています」彼女はそう言い、帽子を被りなおし、カバンから口紅を出し、塗った。

「いえ、私はそうは思いません。あなたはとても綺麗です」

 彼女は上下の唇を馴染ませながら、ベールの向こうの存在しない眼からきっと私を見つめていた。私の脳裏には、切れ目も眼球もない、頭蓋の眼窩の形に沿って窪んだ、のっぺりとした皮膚が浮かび上がった。彼女は微笑んだ。

「どうしてあなたは鮮やかな緑で着飾るのですか?あなたは色を見ることができないはずだ」

「見られません。私は緑という色がどのような色なのかも知りません。ただ、昔、私に緑が似合うと言ってくれた人がいた、それだから色の選択肢を与えられた場合、必ず緑を選ぶようにしています。わからないものに悩むのは無駄でしょう」

「もう一つ構いませんか?」

「ええ」と彼女はうなずいた。

「目が見えないにも関わらず、歩きながら音楽を聴くというのは危ないように思います。どのようして杖だけで行く方向を間違わずいられるのですか?」

「歩幅はいつも一定ですし、この町はずいぶん濡れています。足首から下は見えているようなものです。それに、波や風は煩いんだから音楽を聞いているのとちっとも変わりませんよ。歩きなれたこの町の色はわかりませんが私は形をよく知っています」

「ここはおかしな街です」

「少し二人で歩きましょうか? 敬三さんも気づいたら電話をかけてくるでしょう」

 そう言って彼女はベランダの隅にある非常階段へまっすぐ歩いて行った。ずっと見えていたはずだが、私はそこに階段があることに気が付いていなかった。

 彼女は手摺も持たずに螺旋階段を上手に下りて行った。彼女の裸足の音は風や波、遠いカラスの音を纏い優雅に歩いた。階段を下りた石畳は苔むしていた。そこから彼女はひょいと十センチ下の、水に浸かった小道に下りた。小さな水音だった。私は靴を脱ぎ、カバンの中へ押し込み、彼女を追った。彼女の歩くのは早かった。私たちは聞いている音楽の話をした。私は十年と少し前に一九八〇年代の音楽に凝っていたという話をした。それから音楽をあまり聞かなくなったという話をした。彼女は最近聴いている音楽を教えてくれた。カバンから携帯プレイヤーを出した。彼女がボタンを操作すると、バンドの名前が機械の自動音声で読み上げられた。ストーン・ローゼズ、ライド、ハッピーマンデーズなど、いずれも一九九〇年代の音楽であった。「私たちはいまだに、わざわざ一〇〇年以上も昔の音楽を聴いているのですね」と私は言った。彼女は言った。「なんだか青春を思い出すようで、幸せな気分になるんです」私は彼女にどのような青春を送ったのかを尋ねた。敬三も彼女の昔がどのようであったかを語っていなかったため、興味が沸いたのだ。彼女は首を振った。

「別に青春といった青春はありませんよ。大した思い出もありません。盲人学校へ行き、卒業したら働き始めて、ただ音楽の中に青春、のようなものを感じる、というだけのことです」

 私は透明の水の底に見え隠れする苔を目と足の裏で感じながら、水圧を押して歩いた。小道を抜けて大通りに出た。水に浸かった車道の中を路面電車が進んでおり小さな波が白線を超えて押し寄せた。相変わらず、誰も歩いてはいなかった。彼女は交差点で立ち止まった。私はどのように赤信号に気づいたのかを疑問したが、ようよう考えれば車や列車が進み、停まるたびに水が動くのだ。難しいことではない。彼女はそれらを皮膚で感じながら歩いているのである。キョロキョロとあたりを見回している私よりよっぽど良く周囲の状況を把握しているのだろう。私はふと足元の水を一杯手で掬い、口に含んだ。それは淡水であった。とても冷たく、石のような味がした。

 彼女は私が水を掬ったのに気が付いてこちらを振り返った。そして「おいしいでしょう」と言った。私はうなずいた。

「この水はどこから流れてきているんですか?」と私はその捨て子に尋ねた。彼女がベールの下、目のあるべき場所をなでたよう、私には見えた。

「あなたには流れているように見えるのですか?」と彼女は言った。私は首を振ったが、彼女には見えなかったはずだ。しかし、彼女は返事を待たずに、続けて話した。

「風が吹くと波が立ちます。さざ波と呼ばれています。私は見ることができませんが、さざ波の音と流れる水の波は全く以て異なります」

「私にも流れているようには見えません。ただ、流れない水が蒸発もせずにこんな所にあり続けるのはおかしいではありませんか?」

 信号が青になった。車が走り始めた。日は陰り、路面の水を自動車のライトが照らしていた。遠景には濃い色の空を背景に街の中央を占める小高い丘と、大きな城郭が浮かび上がっていた。彼女はしばらく歩き出さずに、水の中で足を動かし続けていた。十センチちょっとの水が彼女の周りでうごめいていた。私は魚が居はしないかとその水を睨んでいたが、暗かったので見つけることはできなかった。

「この水はただここにあるのですよ。私は生まれてこの方、この水が枯れたことはありません。どこかへ流れ出ているという話も聞きません。海へ水を送っている川もこの近くにありますが、その川と街の水は繋がっておりません。私の知らないところで湧き出ているのかもしれません」そういうと彼女は歩き始めた。

 行く手には商店街があった。背後をバスが通り、私の足元を揺らした。私は突然足元が不安定であることに強く恐怖した。確かに水の底には平らな地面がある、そこにはつまずくような凹凸もなかった。流れもない。直感する危険の元凶なるものがどこかにあるはずである。

 商店街は飲み屋街であるらしかった。いくつかのネオンが路面に張り出しており、それらは薄暗いアーケイドの下の水に反射して揺れていた。商店街はどこの街でもさびれている、これは何十年も昔から同じである。ただ、ここの寂しさは一つ違っていた。動いている人が多くあるべき場所に、別のものが、つまり水が蠢いており、点々とあるネオンがその上で揺らめいているのである。

 彼女は言った。

「この街は、十センチだけ呪われている」と。

 十センチという言葉を彼女から聞いたとき、僕は何かを思い出したような気になった。だが、それが何とはわからず、彼女について十センチと少しだけ路面から高くなった居酒屋の入口へ進んだ。

 どこにでもあるようなフランチャイズの居酒屋であった。私らは仲良く話しながら店へ入り、待ち合わせの友人が既に来ているかどうかを店員に尋ねた。

 店員は奥のテーブルを指した。私たちは手を振り山本の方へ寄った。山本は私たちを待たずにもうビールを飲んでいた。ミカは緑のロングコートを脱いで店員に渡した。彼女はカバンからKENTのメンソール煙草を取り出し、煙を揺らしながらメニューを眺めた。「随分久しぶりじゃないか。お前たちは元気にやっているのか?」と山本は私たちの方を向いて言った。私は、普通だ、と言った。