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サンシャワーシンドローム 14

太陽の

 二日酔いで入学して初めて授業を休んだら、気が重くなり朝から窓辺に座っていた。カーテンが焼けてしまうほど日が強く、風を入れれば部屋の中の曇った感じも晴れるかと思い立ち上がり開けた――カーテンというよりも市場で買ったただの布に洗濯ばさみをつけ紐に通しただけのものだったが、日光はそれでもかなり遮られていた。一気に眩しくなり、かなり離れた工学部棟の幾何学パターンの黒いガラス張りを太陽が滑っているのが目を射った。短命の子供池にその影が流れ落ちて水の上に燃えていた。微妙な風が水面を見出しているらしかった。昼食へいく学生らの制服の形は慌ただしく、憂鬱を際立たせた。今から支度をして部屋を出れば午後の授業には間に合っただろうが、気乗りしないので歩き回る人の群れを長いこと眺めていた。窓脇の机の上に金魚鉢も光っており、魔怪はそこで疎らに生えた苔を齧っていた。いかにも昼前のゆっくりした時間の流れに、考えを運ばれるとまた戻って来られなくなりはしないかと不安になり、魔怪に話しかけたが、彼はちらりとこちらを向いただけでまた苔を食い始めた。ブーゲンビレアの花びらは湿気を吸い活き活きとしており、自分だけなのだなとため息をついた。彼女はもうじきに枯れてしまうだろうし、そのことは僕も魔怪も承知しており触れないでいた。先延ばしにされただけで不幸なことには変わりない、と彼女はいつか僕に小言をいった。それに返事ができなかったからには忘れようとするのが一番だった。いっそひと思いに落っこちてしまえばよかったんだわ、あなたは大きなお世話をやったのよ、と彼女は僕を責めたが果たしてどのくらい悪いことをしたのか、実感からは遠かった。今日は晴れた日だから機嫌がいいのか、僕が覗いているのに気付いて、花はまた穏やかそうな顔で見上げた――が、下から見上げて泣き言を言わないでくれという僕の心中に勘付いたか、舌打ちをして水を撥いた。平気なのね、こんな晴れている日に私がどんな風に時間をおくっていると思っているの、と彼女はつぶやいた。魔怪は文句を言った――窓の外を大きな声で話しながらゆく学生たちの声が煩かった。原木が生きているのならそれで構わないだろう、と魔怪は呑気に言ったのでブーゲンビレアの晴れの日は台無しになってしまった。私を見ていないのよ、風に吹かれたのよ、あなたにはわからないわ、どれだけ心細いか、私だけなのよ空気の中をずーっと落ちていくことなんかないでしょうあなたには。花に生まれるなんて、用が済めば枯れるだけ、最低よ。魔怪は自由な蝶の尾を揺らし水面に行き空気を含み、ガラスの壁面に鼻先を擦った。その先にブーゲンビレアのコップと、窓と太陽があった。良い天気は素敵だろうか?と魔怪は尋ねたが、その言葉はかなりの間水の中にゆらめいていた為、僕自身にかけられた言葉だと気づくまでにはしばらく時間がかかった。わずかな涼気が窓から溶け入り、端で縛っているカーテンの裾や水面や、花の薄い肌を揺らした。お前が呆けたように歩き回っている間も、ゲイの男と飲み明かしている間も、俺は窓ばかり見つめていたのだからな。リンカーはゲイなのか?――魔怪は笑い、側線に近い二つだけの銀鱗から僕の目に太陽を反した。わからないことばかりで生きることには慣れたか――魔怪はまた空の方を見ていた。ブーゲンビレアはふるふるとそよいでいた。太陽を見たいと思うか、どうせ学校へは行かない。魔怪は喜び、水面に背びれをほとんど出し、それは羽のように軽く見えた。私も連れて行って――僕は彼女をそっとつまみ上げ金魚鉢の水面に落とした。くるくると水の上を回る彼女と、戸惑い水底に佇んだ金魚の間で時間は進み出した、僕は水を二、三杯コップに掬い捨てた。狭くなった水の躰で彼らの空間は窮屈になった。魔怪の背びれは再び水面にゆき、彼女の頬を撫でた。

 普段制服を着ないで出かけることのない平日の晴れた午後に、ジーンズを履き、Tシャツを被るのは愉快で、太陽に心踊るのは彼らだけでないと気付いた。両手で金魚鉢を抱え上げて部屋を出る、採光の少ない長い廊下をいき、隅に脱ぎ捨てられた靴の多い踊り場――どれも薄汚れ一様に灰色になっていた――光当たらず烟っている階段を下り、サンダルをつっかけて出ていく。