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竜巻のうなる低い音が揺さぶるのは僕の古い魂だった。そうと知った時思わず僕は意識の外でハンドルを強くひねり、スピードを上げたらしい。
ホタルは慌てて僕の胸に手を回し抱きついた。それに僕が驚き急にスピードを下ろし、彼女のヘルメットが僕にぶつかった。彼女はついでに僕の首筋に噛みつくようなキスをした。
僕はミラーを覗く。ホタルはイタズラっぽく笑った。黒い顎紐が白い肌に食い込んでいる、僕らは生きているな、そう思った。そう、確かに生き始めている。強い向かい風にまとわりつかれながら、その風によって解き放たれるような感覚を覚えた、彼女にも聞こえるよう大きな声で僕は叫んだ。
「僕は記憶を失ってしまった、でも、ここに何かがあるんだ、そうだろう、この、残っているものはなんだと思う?」
「何かを思い出したの?」
古い魂という知覚が僕に何をもたらしたのか、僕はもうその古い魂とは同じ場所にいないのだ。竜巻のうねる低い音、すなわち魂は僕を強く叩いた。漂白され透明になった心臓を、今後も決して彩られることのないこの心臓を、強く叩いた。僕の記憶は一掃された。残ったのは魂、そしてそれは遂に、半透明の膜を裂き、僕の中に動き始めていた新しい心臓を見せつけた。
「いや、僕は今、感じるんだ」
透明の瞳、心、それらに飛び跳ねた色とりどりの絵具が無くなったとき、僕はありのままの世界を見るのだ。そこには偏見も、誰かの常識も、僕の意識すらない。僕は今、この美しい世界を全く透明だがもの凄く輝く心から見つめることができるのだ。あるがままの世界を見るのだ。
あるがままの世界を見ているすばらしさに気づけるのは、僕にとって記憶が惜しいものであったからに違いない。しかし惜しいのは記憶ではない、魂だ、そしてそれは未だ失われていない。
僕の核は美しく存在し続けていた。だから、今はわかるのだ。ヘイジーな晩秋の空、常夏の晩秋の空も、牛や子供も、まっすぐ川に沿うて伸びる道も、全ては愛に満ちているのだ。風が吹いている、とても強く。
ヘルメットの下から垂れた髪がなびいた。ミラーの中でホタルの髪もなびいた。あるがままの世界をみつめられない頃の自分をすっかり忘れている今、いかにして僕はあるがままの世界を見つめられているか、自分の今にありがたさを覚えたのか?そう自問し、悟った。
僕はありがたさを思う必要もないと分かったからこそ、それに気づき、自らを遠く頭上から観照する。それが智慧だった。
「新しい僕が在ると、強く感じる!僕には魂がある」
僕が聞いた記憶喪失以前の閃き、過去の竜巻の気配は、片手で鳴らした音、隻手の音だったのだろう。僕は喜びに笑った。僕は失った時、全てを得ていたのだ。これは僕の苦しくない世界だ。そこにあった素晴らしい世界にやっと気づけたんだ。
僕は過去という煩悩を切り裂き、ホタルは笑う。聖なる、尊ぶべき、ダイヤモンドのように美しく強い心臓はここに完成された。彼女の白い肌に紅色の唇の地形がどよめく。