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-CANDY- The Murder Mystery 2章

 二人が再会した日に書かれた一郎の日記を読み終え彼女は汗を拭った。また、そういう日が来ればいい。アメコは暖房を消そうと立ち上がったが、暖房は初めからついていない。汗は気温のせいではない。一呼吸おくと、裸の肌の上にある汗粒が身体を冷やし始めた。アメコは背筋を伸ばす。自分の方の骨が裸の背中を泳ぐように動く、彼女はそれを見るように感じる。生き生きとしている自分を見つけ、一呼吸一呼吸から生きるのが楽しくなる。水の抵抗を喜んで、空と海面の境界を叩くクジラを思い浮かべる。それは自由そのものだった。

「探しに行くから。待っててね」

 アメコは 誰もいない場所、だがどこでもない場所へも繋がっている部屋で静かに呟く。声は静かだ、そして澄んだ空間をまっすぐに貫いていく、溶け始める時間は早くなる。

 そばにあったバスタオルで汗を拭う。引っ越して初めて、彼女は例の部屋の引き出しを開けた。ずっと着ていなかった服、ほとんどはTシャツ、もう二度と着ることがないと思っていたもので下着だけの身体を覆う。

 胸に白くピクシーズのロゴが入った黒のTシャツを着て、ジーンズを穿いて、当分スカートを穿くことはないだろうとアメコは思う。暗い色のジーンズには真っ赤なバラの刺繍が細く鮮やかに光っている。しかし姿見の前で、アメコは物足りなさを感じた。つい三年前まではこの格好が普通だったのに、彼女は遠くまで来てしまった。無理をしているようだった。彼女は途方にくれて、長い髪をいろんな方向に分けたり結んだりして、首を振る。アメコは黙って再び服を、今度は下着も脱ぎながら、鉛筆立てに手を伸ばして、はさみをとった。せっかく長く伸ばしていた髪を躊躇なく切っていく。孤独ははらはらと、束になって床に落ちた。昔から彼女は器用に自分で髪を切っていたが、短くするのは久しぶりで、どこかにあったはずだとウロウロして、別の引き出しからバリカンを見つける、延長コードで充電しながら横を刈りあげ、彼女はだんだん何も気にしなくなっていく、裸のまま、髪を床に散らしながら、消費期限が切れているかもしれない薬剤を見つけ、彼女は風呂場へ歩いて行く、さっと髪をブラシして、短くなった髪をブリーチする、湯をためながら、頭に薬を乗せたまま部屋に戻って、セブンスターと手紙を持ってくる、読み返しながら、浅い湯に浮かぶ白い膝の島に手紙を乗せて、そう、やっぱり湯舟はこうじゃないと、笑う、細いお腹にお湯の満ちてくる、はらりと落ちた灰も流れる。胸まで湯が達した時、既に彼女は手紙を三度読み返していた。四本目の煙草が終わると彼女は湯を上がり、湯船をすくって髪についた薬剤を流す。この動作は忘れていなかった。髪をブリーチして、それを洗い流す動作、それで一気に勘が戻るようだった。洗面所で髪を乾かして、鏡の曇りが徐々に晴れてくるとそこにはブロンドの、髪が短い若い女がいた。彼女の白くて細い身体は、もう誰にもみすぼらしいとは言わせない凛とした澄んだ曲線だった。彼女はまっすぐに、揺るぎない瞳で、自らの過去に向き合っていた。

「悪くないじゃん」

 彼女は自信げにそう言って、また服を着た。もう一度姿見の前に立つ。彼女は明るい顔で頷いた。今度は似合っていた。一郎の残したノート、手紙、何着かの着替え、新しいノートも何冊か、それだけをカバンに詰め込むと、車の鍵をとってアメコは部屋を出ていった。夜は明けようとしている。