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ホタルは薄目で川面を眺めていた。空はヘイズに霞んで尚眩しかった。物憂げな瞳に泥色の水が反射している。ナコンパノムの船着き場で船のチケットを買って僕たちは川のほとりで時間を潰している。僕は17時の船で対岸のラオスに渡る。
「何を思い出すの?」
彼女の瞳の上にある滑らかな水分は、日差しを溶かし、瞬くとそれは粒になってこぼれた。輝く金色の筋が僕の網膜に焼き付いた。彼女は僕の首にキスをした。
「私がいつも頭に描くのはあなたと出会った日に見た美しい夕焼け、それだけだよ、でもそれはまだここにはない」と彼女は言った。
記憶を持たない僕はその夕日を思い出すことが出来なかった。その苦しさに僕は涙を流すこともできず、記憶を持っていたころの自分を思い浮かべ強く目を瞑った。