彼は半ば同情したような顔をして水面から頸を擡げ頷いていた。尤も、水トカゲにとって人間のちっぽけな悩みなどくだらないものに違いないし、同情しているのも見かけに過ぎないのだろう。わかり合えないことばかり気にして、それがどうなると云うのだ、と水トカゲは言う。僕は無意識のうちにりんごジュースのプラカップでこつこつとコンクリートの岸を叩いていたらしく、水トカゲに睨まれ――その鬱陶しそうにしている目に気づいた。要らないのなら寄越せよと彼は言った。水トカゲは淀みなく話す――群れを作らない生き物だからだ――他人との距離に困惑することもないのだろう、他人に近づこうとして上手くやれず悩むこともないだろう、トカゲは冷笑する
鳥を食う時などはどうだ、僕は尋ねた――水トカゲは舌を出し、瞳に眩しい青を映した。俺は飛べないから鳥の羽を思う、彼はそう言った。僕が悩んでいたのは、まさにそういうことだった。皆が僕を世間知らずだと思っていたし実際にそうだった、そして八月は雨季だった。
二〇一五年八月十日、証明写真の撮影の為に寮を出て歩き回っていた日のことだった。シャトルバスの路線を覚えていなかったのでぼちぼち何時間も大学を出るために歩き回っていた――五路線のうちンガムヲンワン通りのゲート周辺へ停まるのは二つで、乗り間違えるとただでさえ広いキャンパスのなかでもうんと遠い場所、見知らぬ通りに落とされることになる。タイに来て二日目でまだ新学期前だった。辺りに学生はまばらで歩いている制服姿は皆、太陽のことばかりを話していた。しかし、その日からバンコクには雨がやってきた、やれ季節風万歳というところだ――大雨はさっと吹く風の後にどかんと降りだす。星など見なければいい、ここは都会よ。彼女はそう言って空を洗うのだが、彼女が行くと雲もついて行ってしまうのでそういう夜は結局空も綺麗だった。僕がンガムヲンワン通りを渡る歩道橋から渋滞のテールランプを睨んでいる時、その人はまず頬にキスをした――挨拶じゃない愛情たっぷりのキス、なんでも僕は一人ぼっちが寂しくて仕方がなかったので安心した、その隙に彼女はばらばら降り出して、辺りにふらふら歩いていた人は皆走って屋根を探した。僕は見上げて頬っぺたを捧げたままだった、彼女は透き通った肌に輝くオレンジの瞳でこういう風に話した。こんにちは、私に会うのは初めてでしょう?今日から毎日たくさんお話をすることになる。寂しいならまずはおさかなを飼って、そうしたら私もそこにいるから、窓際の金魚鉢で休んでいくのよ、楽しいでしょう、あなたはひとりだけどね、でも寂しいことってないのよ、あなたはだって歩くんだもの、それもそこら中に水辺があるところを。
その顔は曇っている、太陽が照っていても関係なしに彼女の顔は暗い、それでちょっと引いてこっちの方をみている――涙が流れていた。水トカゲのアレンを探し回ってすぐに彼女のことを話したが、皆がもう僕の惚れっぷりを知っていた。