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サンシャワーシンドローム 6

――まだ知らないで

 雨がカーテンになって窓を覆い、外を覗くと犬走りと芝の間に小川ができていた。お前は日本人であるにも関わらず、自分をそうでないと考え、知らない国に自己を押し付けようとしたに違いない、ナマズはそう言った。その日は降り出してすぐ厚い雲が覆い、バンコクをすっかり暗くしてしまっていた――そのせいで場所は窮屈になった。暮れ切っていない明かりがかろうじて夜に及ばないところなどが特にそうだった。寮舎の前には小さな庭があり不自然かつ人工的に植わった木々の印象は若かった。木々の向こうには短命の子供池、例のセメント護岸された大きな池があった。テッポウウオがいる他は面白いことも特にないような池。ナマズに言われなくとも僕の自己がここにもないとことははっきり承知していた――そう言うと彼は返した、お前はそうしてまた知らない場所へ逃げていくか、それともここで見つめなおすか――そうするとタイ人男のクラサがげっぷをして言った。どこでもないか今でここか。

 短命な子供は人気な池の一つだった――恐らくナマズが恵まれているという理由はそこにある。晴れた日の午後には魚にやる餌を池脇の缶に袋詰めで売っていたし、大食堂のそばでもあるために恋人たちや女子生徒が多く通った。しかし、あの池に住んでいる大亀の二匹は酷く生きづらそうにしていた。餌をもらえるのは彼等にしてもやはり結構なのだろうが、何せ護岸されているお陰で陸に上がれずにいる、小さな爪を刺して上がろうとするが滑り落ちもがき、幾度か繰り返し哀しそうに池の濁った緑の深みへ消えていく。彼は亀を見て哀しそうにするが、それでも俺はあいつと同じだ、など格好の悪い物言いをするわけではなく、ただじっとその様を見つめていた。漠と浮かべて眺め、それが散っていくのであればその方が調子も良いのだろうと僕は彼を見て思った。寝苦しい夜が続くな、と彼は言った。この暑いのに大学寮にクーラーは無かった。