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bum  第1章 haru ..4

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 ゆっくりと空が白み始めていた。霧の向こうから昇り始めている太陽の気配を感じ、向かいに座る青年も目をこすって外の景色を見ようとしていた。長い夜の間に明るさを忘れてしまったのか、僕は初めて光を見たような気持になっていた。前の席の青年はカバンの横に置いてあった資料をほどき読み始めた。彼は農家らしく、そのポスター型の資料にはバンコクで学んだのであろう有機農業が図解付きで説明されている。村へ持ち帰るのかもしれない。

 空が撫子色に染まり始める。青年はすぐにポスターを片付け、荷物を背負い席を立った。

 朝日を近くから見たかった、僕は車両の連結部へ歩いて行った。農村へ帰るのであろうあの青年もそこに居た。彼は朝日を眺めながら、故郷に列車が着くのを待っているのだ。彼は烟草に火をつけた。撫子色の空を見つめる僕も、一本唇に挟む。きざはしに腰を下ろして、烟草を吸いながら、彼は故郷の話をした。畑の一部に池を作ってそれを灌漑と養魚に使うよう教えるのだと言った。水の少ない村だからな、と言い烟を吐いた。名も知らない駅に列車は停まる。青年は僕に頷いて降りて行った。

 鐘が鳴らされ、列車が再び進み始めても、僕は彼の歩いていく後ろ姿を見続けていた。空中を埋め尽くしていた夢は既に消え去り、音は暗闇ではなく人々から発されている。一人ずつ列車を降りていく、皆が戻る場所を知っているのだ、そう気づいたとき自分の空洞が慄える。戻る場所がわからなかった。列車は約束の場所に近づいている。

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 朝の太陽は空をバラ色の霧で満たし、鮮やかに染めて飽きれば、やがて熱でその霧をひと払いにした。遂に光は広くどこまでも続く農地の台を滑り、牛やカッサバ、人々を平等に照らし、最後町に青を掲げた。列車がその町に停まると、僕は再び歩き始めた。

「久しぶり。元気だった?」と女は言った。