学部棟の屋上で遠くを見上げていると氷の弾ける音がする。水滴が制服の白を透明に溶かしてしまうがどれだけ垂れても冷たくはならなかった。雲はいつだって薄くするっとすり抜けて暑さをかわし、流れていった。一人でいると決まってナマズが僕を見つけて、隣に肘ついて烟草を吸い出す――薄荷烟草を吸いながらへらへら遠くを眺める、誰も彼も寂しい。あの雲はきっとインド洋から来るんだろうねえ、と言ったらナマズは笑って烟草を踏み消し、カツ丼を食いたいとぼやいた。それで彼はカツ丼を食える店を探し始めて、見つけ、今晩行くと呟いた。遠回しに誘ったんだろうが、断った――手元のプラカップを見れば水色の液と氷がはっきり分かれた状態で歪んでいた。お前、クジラって見たことあるか?ナマズはそう言いながらも遠くの空を眺めている。海は怖い――するとナマズは何故ここへ来たのかとまた尋ねた。クジラを見たら離れた方がいい、下降水流で一緒に深海まで連れていかれるらしいからな。海のことを話されると視界が青黒くなっていけない、別にどうにかなったりってことはないけれど、本当に怖いのだと僕は訴えた。変だなと彼は言った。――怖いでしょう、あれはずっと続いていくんだから。過呼吸に近くなって、空や街も海の底になり始める――この病的な恐怖にある種のエクスタシーがあった。怖いわけではないのかもしれない、しかし広すぎて幸せなことなどあるか、宇宙と海、恐ろしい二つの大きな身体、――嫌なのではない、苦しいだけだ。大人になれば怖いものはないのか?僕らは寝転がり空に落ちていった。それは全く怖いことではなかった、空は不安ではない、大気は人を支えているからだろうか。俺が怖いものはカッパだろうな――彼はため息をついた、ナマズはただのナマズだ。ねえ、僕は魚になりたいんだと思いますよ、そしたら怖かないだろう。いや、魚になりゃ陸が怖いだろう。