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アポカリプスドリームス 7.

 翌日、僕は早々と一泊で旅行を切り上げて大学のあるところに帰ろうとしていた。どこへ行っても何かが変わるわけではない、ということに気づいたからだ。僕はもうほとんど大人になっていた、がそれでも当時は本気で自分が幸せでないのが環境のせいだと信じており、どこかへ行けば変わるものだと信じていた。だから、バンコクも何も、自分がダメなんだと旅に出て自覚する必要があった。今となっては未熟だと思うが、今もそれほど変わらないはずだ。なぜなら僕は、今も当時の自分に強く共感できるからである。冷たい風に目を覚まし、常温のシャワーを凍えながら浴びると、僕は駅舎へ行き、帰りの切符を買い、六時の朝食レストランに入り目玉焼きを注文し、青ペンキ塗りのブリキテーブルの上に文庫のポラーノの市場を開いた。道路脇にはトゥクトゥクが三台停まっており、老人が紅色の茶を飲みながら談笑していた。僕は彼らを背に、その声色に耳を傾けていた。僕に彼らの話している内容はわからず、同時に本の内容も頭に入ってこなかった。彼らの幸せそうな仕事間のひとときのそばで、僕は彼らの仲間になり得ないという寂しさに震えていた――遠くから花屋台の跡を水で洗い流した爽やかな香りが漂ってきた。その匂いは胸の内側にポッカリ空いた空間を駆け巡り、出られなくなっていた。通りをゆく単車の数を数えていた。空は青かったが、どこか澄んでいないような――いわゆる常夏特有のそれだった。通りを歩くひとりの女が僕を一瞥し、過ぎようとした。どこにでもいるような憂鬱げな表情の人だった。彼女はやはり考え直したか、こうすべきが当然という風に立ち止まり、僕の正面の席に座った。二秒、じっとまっすぐに僕を睨んでから、店員にハムエッグとトーストを頼んだ。彼女は黒い髪をストンと肩に垂らしていた――白いTシャツは汗に濡れ、ところどころで白い肌を透かしていた。バンコクではあまりみない顔立ちの人だった――肌がやけに白いのはタイ的ではなく、また瞳の鋭いところは中華系的でもなかった。彼女はどこから来て、どのように僕の目の前に現れたのだろうか? 僕は彼女が自分の正面に座った理由を考えていた。僕の瞳は彼女を見つめていながら焦点を合わさなかった。彼女の話していることに気づくまで何秒がかかったか、そんなことを考えている間に彼女は緩やかに表情を移していった。他人に近く、警戒の瞳が徐々に剥かれ、やがて友人に対する無防備なそれに変わり、頬に皺を作り僕を待った。僕が黙ったままでいると彼女はさっきから発して言う一言を繰り返した「この街は気に入った?」彼女は不安げに僕の表情を伺っていた。僕は街に関しては何も考えていなかった、正直にいうと自分のことばかり気にかけており、寂しさ、孤独、といったありがちな不安に頭を悩ませていただけであったのだ。やはりここでも僕は変われない、などと言い始めては仕方のないことばかりを考えて旅の日々を終えようとしているんです、と言いかけたが、とにかく首を傾げた、彼女は笑った。七時になりトゥクトゥクの男たちは仕事へひとりずつ戻っていった。「あなた、大丈夫?」と彼女は言った。僕はナマズさんがいつか言っていたことを思い出していた。確か、東北部に旅行した時はタクシーよりもトゥクトゥクの方が安い、とかそんなようなことだ。いや、逆だったかもしれない――しかし今はそんなことは関係なく僕は彼女に返事をするべきだ。「どこかで会いましたか?」孤独な人間の特徴――ではなく、孤独を人一倍気に病む人間の特徴としてあげられるのは、人の話を真面目に聞かずに、自分の考えていることばかりを伝え、他人から何かを得ようとすることだろう。そうして、その辺にうまく折り合いをつけている人間は嫌な顔をせずにまともな返事をする。「覚えていない?」彼女は長い髪をきつく両手で束ねて、後ろに隠して見せた。「おとといの夜ね、あなたは私と話したの。きっとあなたはこの街に初めて来たのよ。それで、右も左も分からないで目に入ったホテルに入ってきて、聞いたわけ。ここは一泊いくらですかって。その時に返事してあげたのが私。それからあなたが高いって言うから、通りまで歩いてって、ひどいオンボロ宿を教えてあげたのも私」僕はその顔を覚えていた。黄色のポロシャツとブーアデンという名前のホテルの看板が脳裏に蘇り、彼女の指差す先で青いビニールの椅子でビールを飲んでいたボロ宿の主人の顔が浮かんだ。「今日は休みなのよ」と彼女は言う。その時僕は激しく彼女の英語のなめらかなことを思い出した。明らかなタイの訛りを抱いていてもなお耳に馴染む英語を話すのだ。同時に彼女が僕のことを心配していることにも気がついた。見透かしたように、僕が知らない街でその街を見ず、悲しみで遊んでいることを知り、半ばかわいそうに思いながら手を差し伸べてきたのだ。