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アポカリプスドリームス 15.

 別れる時に僕はさほど寂しさのようなものを感じなかった。夕日を見た後、紫の原付をとばして、ウドンタニの市街に戻るまで僕も彼女も大して口をきかなかった。ぼんやりしていたし、もう今日は、話さないといけないことが残っていなかった。彼女の部屋に戻り、僕はトイレを借り、リュックサックを背負い彼女の部屋を振り返った。電気もついてない彼女の部屋は、広く、静かで蒸し暑かった。暗い窓の外でバーの灯りがつき始めていた。結局黙ったままだった。彼女は原付で僕を長距離バスのターミナルまで送ってくれた。僕は先に降りて、彼女が原付を止める場所を探している間にチケットカウンターに行った。バンコクまでのバスはもう来てるからって、チケットを買うと急いで乗り場まで連れていかれた。彼女はまだ来てなかったので、僕はバスのそばのベンチで忘れ物を探すふりして、バスに乗るのを渋ってた。ようやく僕のところに来た彼女は「とても楽しかった」と言った。また会いに来るよと僕は言った。夜行バスに乗り込もうとすると、紙袋を渡された。

「バスは寒いから、上着をあげよう。ラオスいた時に着てた上着、私もういらないから。日本に戻ってからも使えばいい」

 僕はありがとうって言って、バスの階段に片足をかけた。「必ずまた会おう」振り返ったが彼女はいなかった。九時前のバスの中には夜の密度が混じり込んでいた。僕は運転手に席を聞いて案内してもらうと、窓際の席に腰を下ろし、リュックサックを足元に押し込んだ。カーテンの隙間を覗くと、原付に乗った彼女がバスの窓をぼんやり眺めていた。僕は手を振ったけれど彼女は気がつかなかった。紫の原付にもたれて、彼女は薄く笑顔を浮かべる準備をして迷っていた。

 やっと気づいた彼女は微笑み、僕に手を振った。その表情は不思議の感情に満ちていた。彼女はずっとこれからも現実から逃げ続けるのだろう――僕は彼女ほど気合い入れて逃げ続けられる気もしないし、彼女だってたまに追いつかれて悲しくなってしまう。だからきちんと向き合おうと思った。

 バスがすぐには進みそうもないのを見て、彼女は紫の原付に跨ってヘルメットを被った。そして最後こちらにまた手を振ると、永遠に行ってしまった。過去の集積が文化になろうとしている。