国鉄駅のサインが見える、暗い階段から空港の外へ移動する、熱気が溜まった踊り場を上がって鉄の扉を押し開けると歩道橋があり、片道四車線を黄色のタクシー、赤いバス、ピックアップ、クラクションが鳴る。コンクリートロード、ダークグレーの道がカーランプに彩られながら究極へと繋がっていく、歩道橋の上からうっとりする。バンコク、天使の都だ。
高架が空を覆うこの街の何処に天使は舞い降りる場所を見出すのだろう?どこかで見たような気のする夢の中で僕は歩いて行く。停車場にて切符を買うと、日が暮れ夜が来る。ラブリーな日に別れを告げ寂しいな月を見上げる。僕の最初の日が終わり、初めての夜に枕木を踏んで線路を渡り、列車を待つ。紙のチケットを左手に握りしめて、ノートを睨む、いつか昔の僕が大切にしていたものだ。紙がひどくよれている、その人はこれを濡らしたのだ。惨めな人だったに違いない。
皆の待つ停車場に、ワインレッドの列車が来たのは九時半を過ぎたころだった。乗り込んで窓辺に肘をつくや否や列車は動き始め、夜の闇を彩る人の記憶を運び始めた。車掌はチケットに切れ目を入れると僕ににこりと笑いかけた。向かいの席にはこぢんまりと髭を蓄えた青年がいる。彼も僕に笑いかけた。窓の景色はやがて都会を抜けた。列車はモーターサイクルに追い抜かれるようになって、遅くなり、駅に停まる。列車の空気が好きだ。ここは純粋な美しさに支配されている。バンコクは既に数キロ以上、後方に流れていた。埃を吸った風が人々を涼め、この箱の半分を夢の中にしてしまう。また、半分は醒めている。僕もそうだ。僕は相変わらず膝の上でノートの続きを埋めている。
車両の壁はぺイルグリーンで、天井は薄橙だった、柔らかい色で人々の疲れ果てた心を都会から連れ出すのだ。ワットの尖塔が金色に照らしあげられ、夜の暗い酸素に反射光を沈めている。窓から時折割り込む街灯や、工場の光が、何もない脳で研ぎ澄まされた瞑想、無想、空想、を乱す。乱れ、反応する瞳は徐々に外界と繋がる必要に目覚めていく。そうすると僕の心は半分世界に浸される。
向かいの座席に座っている髭の青年は、薄橙の天井を虚ろに見上げる。無心に鋭くなった眼光は天井を貫き、夜空の星々に歌うか?美しい彼の無意識に、僕は愛を感じる。彼は寝ない?君は朝が待ち遠しい?覚めたまま夜を越えていくのは好き?そうか。僕もだ。目を開いたまま夢を見るんだろう。誰もこの浅い夢から下車しない。駅ごとに赤白青白赤の美しい旗を数え、黄色に彩られた偉大な肖像画に畏敬を抱き、白く小さな宮に精霊を仰いで、列車は東北を目指している。空調も毛布もない騒音のゆりかごで僕たちは…