僕もリンカーも当然傘なんかは持っていなかった。トートバッグで頭を覆い彼は小走りでバス乗り場へ行き、一番シャトルバスを止めた。乗り込むと直ぐに制服の白シャツを脱いで、半袖のTシャツだけになった――背が普通より高く足もすんと長かったので、細身に見えていたらしい――露わになった彼の白い腕はよく鍛えられており、肩にも筋肉が付いていた。脱いだ制服で雨粒を拭き、長い髪をかき上げた。繊細だが強そうな男というのがリンカーの初めの印象となった。我々はその日ソムタムトーをつつきながら、ビールを何本も飲みながら、果てしなくくだらないお互いの過去の記憶に身を委ね、出会いから三、四時間話し続けた――彼の初めに見せた威嚇するような目つきのことも忘れてしまったころ、リンカーは学科の外で出来た最初のタイ人になった。彼の親はかなりの金持ちであるらしかった、彼は何度もそのことを恨んだ、絵を描くために大学へ進学した自分自身に腹を立てているようにも見えた。罪を告白するように、英語が上手いのもインターナショナルスクールに通ったからなのだ、と言った。わがままに生きていける環境にいる自分が情けないが、それを全て捨てて燃えるようにして生活していくだけの度胸もない――しかし君がもし英語を話せなかったら、僕らは今こうして話していなかった。リンカーは首を振った。ダメだ、英語が話せる事に胡座かいているとお前はいつまでも外国人ではないか、観光客のように住むのは苦しいだろうよ――彼はビールを飲み干し、コップに新しい氷を入れた。ビールを注ぎながら、僕のコップをちらっと見つめた――が、残っているものを飲み干す気にはなれず、氷が次第に溶けてビールを不味くするのを見守っているしかない。壁面を水滴を集めて流れ落ちていく、時間だけが机を濡らした。結果論でしかないが、僕にとっては君と知り合えただけでもタイ語が話せない事に価値があった。
ゲートワンを出てアモンパン市場へ行く途中にリンカーの住むコンドミニアムはあった。窓の大きい立派な造りの建築で、金持ちの息子であることを嫌がるのにも納得がいく――周りにこんなところに住んでいる奴はいなかった。家の前まで送って、それで別れるものと思っていたが、彼が一階のコンビニに入り、大量の缶ビールとカップ麺を買い出したので、この時になってやっと彼が自分にかなり好意を持っているという事に気付いた。また、少し揺らついたリンカーに付いてエレベータの壁にもたれ、しかとビニール袋いっぱいの酒とカップ麺を抱えている瞬間には、高揚感に近いものがあった。雨に洗われる慈しみに近い量の喜びが胸を巡っていた。