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サンシャワーシンドローム

2021

2018年に書いた小説『アポカリプスドリームス』を編集し、その前半で大きな意味合いを持つ雨季のパートを単体の中編小説に書き換えた。タイトルはアポカリプスドリームスの由来にもなっているテームインパラの楽曲「Sundown Syndrome」のもじり。

サンダウンシンドロームは日本語で黄昏症候群、日没症候群と呼ばれ、認知症の高齢者が夕暮れから夜にかけて落ち着かなくなり、施設や病院から家に帰ろうとしたり、不安になって同じことを何度も繰り返し口にする症状のことを言うらしい。この小説の主人公は筆者の僕と同じく、18歳で初めて海外の土地にひとりで来て生活をしはじめ、無自覚のうちにホームシックになっている。

書いているときも、生活をしているときもその意識はなかったが、今から振り返ってみれば確実に孤立し、懐郷の念や暖かい食事に飢えていたとわかる。慣れないモンスーンの雨に降られて強く帰りたがっていた主人公にぴったりなのでこの名前にした。

やはり主人公の感情の根幹は僕自身の経験に相似しているし、状況・時代ともに僕の経歴と重なっている――が、これは私小説ではない。川崎一郎という人物はすっかり僕には手をつけられない人生を送っている。

1

ンガムヲンワン通りゲート・ワン    or Rain, Rain, Rider part 1  彼は半ば同情したような顔をして水面から頸を擡……

2

太陽の  ここにあるのはどれもタイに来て初めの頃の話ばかりで、どれも断片的で半ば救いようのない、救いなんてものはない、ただ我々は生きていくばかりだった。……

3

アクリルの  大学の水族館に来る人のほとんどは団体の中学生でそれも二週間に一度来るか来ないかだった。小さな電球しかない地味な場所でその上空調もあまり効い……

4

日没の  暗くなり始めてナマズが部屋に来た。木造寮舎の二階西の端に僕の部屋はあった。ナマズの部屋は一階の東で近い方ではなかったが、同じ棟なので……

5

太陽の  失うという実感に潰されるように、太陽がどうしようもなく照っているのにどこにも行けないように、僕はわからないことばかり考えた。水トカゲ……

6

――まだ知らないで  雨がカーテンになって窓を覆い、外を覗くと犬走りと芝の間に小川ができていた。お前は日本人であるにも関わらず、自分をそうでないと考え、……

7

Rain, Rain, Rider  皆すぐそばにいるにも関わらず僕だけがひとり遠くにいるようだった。どれもこれも子供じみた悩みだった――だが僕はまだ大……

8

太陽の  池の向こうには郵便局舎とクラブハウスがあった。学内に点在するクラブハウスのうち、そこにあるのは最も古いもので、二階は象保全部、一階はイスラム部……

9

アクリルの  一番のバスを捕まえて、大学をぐるりと回っていると夕方の授業を終えた生徒らが乗り込んできて、気付けば座席は皆埋まっていた。四時を回ったばかり……

10

日没の  一歩ずつ泡の音は細くなり、場所の定かではない空調の音が膨らみ別の空気に生きている様は切実に感じられるようになった。サイヤミーズビッグカープ、ナ……

11

太陽の  授業帰り一人見上げていた。滑らかな燕たちの飛び回るのを見つめていた。春になると日本に来るあれとは違っていた。彼らは高いところを周り続けていた。……

12

Rain, Rain, Rider  来たばかりの日の話。ねえクラサ、池にアリゲーターがいたがあれは普通なの?――クラサもはげらげら笑って、馬鹿め、大変……

13

日没の  僕もリンカーも当然傘なんかは持っていなかった。トートバッグで頭を覆い彼は小走りでバス乗り場へ行き、一番シャトルバスを止めた。乗り込むと直ぐに制……

14

太陽の  二日酔いで入学して初めて授業を休んだら、気が重くなり朝から窓辺に座っていた。カーテンが焼けてしまうほど日が強く、風を入れれば部屋の中の曇った感……

15

Rain, Rain, Rider  昨日、食堂で瓶ビールを握り締めて泣いているアル中のフランス人を見かけた。嫉妬した、彼が幸せそうに見えたからだった。……

16

太陽の  眩しい太陽は垂直に水面に落ち着いて、魔怪は鰭をバタつかせる、閉じられない出目をぐるぐると回して――ブーゲンビレアは太陽を大きく吸い歌った、そし……

17

Rain, Rain, Rider  夕方、雨が降り出したとき僕は池のほとりに金魚鉢を置いてアレンと話していた。美味そうに彼を見るのはやめてやってくれと……

18

日没の  二日にいっぺんはリンカーの部屋にいくようになっていた。彼は自分の部屋にいる時間、ほとんど裸で暮らしていた。カモシカのように美しく滑らかな身体に……

19

thalassophobia(太陽の)  学部棟の屋上で遠くを見上げていると氷の弾ける音がする。水滴が制服の白を透明に溶かしてしまうがどれだけ垂れても冷……

20

WWTTTM?  雨が上がるとクラサとバスに乗り、夜市に出向いては酒を飲んだ。川に調査に出ていたナマズが連絡を寄越し、バーの場所を教える。そうするうちに……

21

、或いは知り損なって――  そうだ、ある夜半歩き出して池に行き、彼は遠いカナルへ池を繋げている土管の中へ懐中電灯で照らした。中で二十センチほどしかない水……

22

WWTTTM?  黙ってビールを喉に流し込んだ。相変わらずのバンコク、曇った夜空は低く、しかし広い。熱気が市場を、人々を息苦しくさせる。どちらを向いても……

23

Rain, Rain, Rider  例の石鹸で身体を洗って授業へ出た。僕はクラスの連中と昼を食べ、午後の授業でもそいつと二人で聞いていた。夕方全部終え……

24

Sunshower Syndrome  一分も歩かないうちに大きな池が森を開いた。空は大きくなり、夕暮れが鏡のような水面にもオレンジの絵の具を垂らしてい……

25

Dry – Body – Youth - Lady  水トカゲの続き、あれらはタイ語ではあらゆる誓い言葉としても使われる尊い単語「ヒア!」をその名に持ち……