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-CANDY-

2020

この小説を本当に贈るべきだった人間は読んでもらう前に死なれてしまった。そのつもりはなかったが、今は死んだ誰かへの鎮魂歌の様相を呈している。ちなみに、もとの題はSome Candy Talkingだったが、そのThe Jesus and Mary Chainの曲にクンニリングスを歌ったものであるという噂が絶えないので、気持ち悪さを感じキャンディに変更した。

キャンディは同じく23歳で死んだJoy Division のボーカル、イアン・カーティスの飼っていた犬の名前である。よってこの物語を、23歳で記憶の累積に耐え切れず死んでしまった人間と、それに耐え生き延びた人間たち、そして僕をいつか助けてくれた全ての家族と友人に捧ぐ。

この小説の続編というか、川崎一郎の達した結論が『bum』という小説に描かれている。よかったら読んでみてほしい。

深い水の底にいるような時があるが、そういうとき人は色々な人に助けられて少しずつ良くなっていく。しかし水底に突き落とされたまま窒息死する人もいる。

療養から大学に戻り、ゆっくり書き始め、間に卒業・帰国を挟んで2019年の9月に書き終えた。これは苦しんでいる人間への甘いプレゼントだ。当時の自分に最も素敵と思える贈り物は、このフィクションによるハッピーエンド。

Murder Mystery 1章

 アメコは便箋を元の通りに畳んだ。そして枕元の明かりを消し、ゆっくりと息を吐いた。彼女は起き上がって、大切な手紙を握ったまま梯子を降りた。彼女の新居は京都北部……

Candy Says 1章

(2019/06/04)  アメちゃんは言う。 「この世界に朝ほど鬱陶しいものってないと思う。でも、私たちってそういうの全部越えていかないといかな……

The Murder Mystery 2章

 二人が再会した日に書かれた一郎の日記を読み終え彼女は汗を拭った。また、そういう日が来ればいい。アメコは暖房を消そうと立ち上がったが、暖房は初めからついていな……

Candy Says 2章

(2019/06/04)  藤が咲いてたんだけれど、と彼女は山の小道を歩いて僕に言った。夜行バスで来たんだ、こんな疲れてる人を誰が山へ連れていくんだよ、……

The Murder Mystery 3章

 白みつつある空を背に彼女は車を飛ばす。トラックが抜かして行く。彼女は窓を開けてセブンスターに火をつける。煙は揺れる間も無く、朝の風がアメコの頬を撫でる。彼女……

Candy Says 3章

(2019/06/15)  せいぜい来週くらいには梅雨も明けるかという頃になって、僕らはようやく重い腰を上げた。十日以上経って彼女と暮らすことにも慣れて……

The Murder Mystery 4章

 朝早く、アメコは岡山県備前市に辿り着いた。三石駅のそばにあるコンビニの駐車場で車の窓を開け、彼女は朝を眺めた。ここは二人の物語が始まった場所だった。 ……

Candy Says 4章

(2019/06/15)  列車に乗り込んだとき、空はほとんど暮れていた。地平の向こうにわずかに焦げた臙脂色の光が湿っているだけだった。アメちゃんは僕に……

The Murder Mystery 5章

 煙突から走って車まで戻って来たアメコはひどく汗をかいていた。彼女は一郎と二人で過ごした夏を思い出しため息をついた。とんでもない人だ、と悪態をついた。一郎は一……

Candy Says 5章

(2019/06/27)  小雨に濡れたアスファルトの道路はすみれ色の夕焼け雲の色を反射させながら、その上に車のランプが線を引く。十分もしたらすみれ色は……

The Murder Mystery 6章

 美しい冒険にドキドキしながら、彼女はシャワーで日光を洗い流した。昼間の記憶はどこにもいかない、新しい夜に浸されインクで塗られた様に存在感を増している。過去の……

Candy Says 6章

(2019/07/15)  快晴。どこまで深く澄んだ青い空、まっすぐな太陽。僕の気分も晴れている。くだらない過去を振り返る隙も無い。アメちゃんはおかしく……

The Murder Mystery 7章

 空が白み始めるより先に彼女はホステルをチェックアウトし、大仙古墳へ歩いた。リュックサックには三石の煙突工場へ侵入したのと同じ装備に加え有刺鉄線を切るためのク……

Candy Says 7章

(2019/09/02)  ゆっくりと季節は秋へと変わって行った。古墳に行ってからは侵入をしばらく控えていた。というのも、侵入より花火に熱中していたから……

The Murder Mystery 8章

 天気は良くもなければ悪くもなかった。空には大きな晴れ間があり大気には日光がいくらか散らばっていたが、分厚い雲の数々はその日が晴れではないことを確かめるよう、……

Candy Says 8章

(2020/05/02) 「目を瞑って寝ようと頑張ってる時に、時々は飛行機の通り過ぎる音が聴こえないと、僕は落ち着かないんだ」 「どうして? 静か……

The Murder Mystery 9章

 大仙古墳は相変わらず静かで、現代文明からはっきりと分断されている。遠くで魚の跳ねる音がする。魚の姿が見えなくても、水面には波紋が広がっている。これは紛れもな……

Atmosphere 0章

(2019/05/18)  僕が再び発作に襲われ自殺を試みたのは、アメコの誕生日からほんの一週間しか経っていない日だった。その日、僕はいくつもミックステ……

Ceremony 0章

 目が覚めて、彼女は夢を思い出そうとしたが、それは上手くいかず、諦めて窓の外を見ると赤々とした街があった。そして、まるで今の方がむしろ夢の中なのだと思いはじめ……

Love Will Tear Us Apart 1章

(2019/06/04)  幻の少女は青い夜明け前の空で僕を待っていた。夜行バスを降りると、僕は荷物を受け取るより先に彼女を抱きしめた。相変わらずやせ細……

Ceremony 1章

 彼女は夢を見ていた。水の中を自由に泳ぐ夢だ。それは流れの遅い澄んだ川で、エメラルドグリーンの水は太陽の光を余さず底へ注ぐ。肌色の砂には光の波形が揺らめいてい……

Love Will Tear Us Apart 2章

(2019/06/03)  久しぶりの日本だ。久しぶりの日本の季節は冷たい。雨はまだ降っていない。彼女に会いに行こう。これからは、本当の意味で僕は自由だ……

Ceremony 2章

 空港を出た彼女は熱帯アジアの大気を胸いっぱいに吸い込み、夜明けの町へ歩み出た。初めて見るバンコクの街は早朝独特の活気付き始める感じに輝いていた。目に見える全……

Love Will Tear Us Apart 3章

(2019/06/02)  世界で最も美しい国での最後の夜、まだ雨季が来ていないというのに大雨が降った。僕は三年間通ったバンコクの大学を卒業して、日本……

Ceremony 3章

 キャンディはフォンの原付を後ろから追いかける。主要街道を離れ農地の中を進み、十分ほどすれば小さな集落が現れた。家は十軒もない、そんな小さな集落だ。そのうちの……

Love Will Tear Us Apart 4章

(2019/04/14)  去年の秋から何度もここに来ている。きちんと数えたわけじゃないけれど、六度目くらいだと思う。イサーンに来るのにかかるお金は全部……

Ceremony 4章

ぐっすりと眠っていたはずだったが、キャンディは夜中に目を覚ました。何時なのかは分からなかった。足音を立てないよう静かに二階へ上がると、フォンの両親が眠っている……

Love Will Tear Us Apart 5章

(2018/10/07)  タナムノン埠頭は三年前と同じままだった。時計台はそこに暑すぎる今日の気温を示していた。三十二度は十月にしては暑すぎたが、僕は……

Ceremony 5章

 着替え終わってキャンディは、夜明け前の暗い空の下、外の縁台に座って待っていた。フォンがガラスの小さなコップを持って出てきた。縁台に座って二人で飲んだ。コップ……

Love Will Tear Us Apart 6章

(2018/05/010)  アスファルトの上を踊るように歩いてきた彼女は軽かった。彼女が握りしめた勿忘草、涼しく揃えられたおかっぱ頭、僕の心も跳ねる……

Ceremony 6章

「ここでお別れだ、キャンディ。きっと君は好きな人に再び出会えるよ。もうすぐ会えるよきっと」フォンはそう言った。  彼女は荷物を取って、フォンは仕事へ行く……

Love Will Tear Us Apart 7章

(2018/03/07)  タイに留学した初めの日々、多少の不安や悩みを抱えながらも僕はまだ前向きに暮らしていた。楽天的な日々が終わったのは仲のいい交換……

Ceremony 7章

 右に雄大な川の流れ、左には人が生きるための農地があった。老人は手巻き煙草に火をつけて休む。それらはちりちりと燻って時間の煙になり空へ上っていく。キャンディは……